2016/1/3
ボッチは長野に住んでいた時にお世話になった人で、アパートの数軒隣にある焼き鳥屋さんの奥さんだった。私はまだ十代だった。ボッチの旦那さんのデイヴはバンドを続けていて、学生時代からの音楽仲間たちはそれぞれに仕事を持ってるのだけど、バンドが主なんだか仕事が主なんだかわからない人たちばっかりだった。確かに昼間は仕事をしてるんだけど、夜になると小さなお店の中でレコードかけっぱなしでわあわあ何かを話したり歌ったりしながらお酒を飲んでいて、なぜか私もその中に混じっていた。その頃はどうして暮らしていたんだか、今となっては良く覚えてないのだけど、喫茶店とか和風甘味屋とかレストランとか、とにかく賄いのあるバイト先を転々として、夜はボッチのお店のカウンターで時間を潰していたのだ。
ボッチは私のことをとても可愛がってくれて、私も犬のようにくっついて歩いていた。或る時、誰かからコンサートのチケットをもらったらしくて「あんま行きたくないんだけどサー、由香ちゃんも一緒に行ってよ」とのことだったので付いて行った。会場の市民会館は広い道路に面してる殺風景な建物で、ポスターには『寺内タケシとブルージーンズ』と書かれてあった。聞いたことある名前だけどなあと思いながらホールに入ったら、私たちの席は一番前のど真ん中だった。
コンサートが始まると、寺内タケシとおぼしき人が白くて袖にヒラヒラのついた服を着て、なんか凄まじくギターを弾きまくって、しかもソロの時には、明らかにボッチと私に向けてギターを突き出して弾くのだった。下を向くのも失礼だし、笑うのも失礼だしで、どう反応して良いのやら。二人とも多分おんなじような顔をしてたと思うけど、圧倒されて聴いたのは確かだった。無事にアンコールも終えて会場が明るくなると「いやーー、参った参った」と、ボッチがくしゃくしゃの笑顔で、頭をやれやれと横に振りながら立ち上がった。
その頃の私は、毎日が八方塞がりで、どう生きてゆけば良いのかさっぱりわからなかった。こんなに面白いことがあったのに、気持ちも晴れずにとぼとぼとアパートへ帰って行った。
そんな私と可愛いボッチと長野の思い出でした。おしまい。