2013/11/12
十代の終わり頃にバイトしていたお店は、長野市の善光寺の参道に続く大通りに面した『夢屋』と言うあんみつやさんだった。蔵造りの建物で、天井が高く、とても雰囲気のあるお店だった。面接時の私の堂々とした(生意気な)様子を買われ、一人でカウンター内を仕切る仕事をまかされ、バイトの高校生たちにアシストしてもらう形となった。
あんみつ、お汁粉、安倍川餅、磯部巻き、トースト、、、それに飲みもの。オーナーが食材にこだわりたいというポリシーだったので、更埴のあんずを煮たり、小布施の栗を取り寄せたり、どこどこの寒天、なになにの小豆、など。仕込みがめんどくせーことこの上なく、それでも鍵っ子で子供の頃から台所に立っていた私は、手間を惜しまずにそれなりにこなしていた。
ある休日に、芸術家っぽい穏やかな雰囲気の男性と、お付きの人らしいスーツ姿の男性がお客様としてやってきた。お付きの人はいちいち芸術家にヨイショしながら応対していたので、何かえらいひとなのかなあと思っていた。
『夢屋』には〈夢屋日記〉という和紙を閉じたノートが置いてあって、主に旅行で訪れた方たちが思い思いに記してゆくのだけれど、どうもその芸術家さんは、中のノートではなく表紙に何か書いてるようだった。その様子を見て、バイトの高校生のユミちゃんが「あれ…ゆかちゃん、あの人ってさ…」と呟いている。ユミちゃんは漫画やアニメに詳しい子だったので、なにかピンと来たらしい。
お付きの男は、表紙に書かれたものを横で眺めながら「これは!ここのお店はラッキーですねえ!喜びますねえ!」というようなことをしきりに言ってるので、すこし腹立たしい気持ちになって、あえて書かれたものを見ようとしなかった。(断りもなく、表紙に書くなよ~)
けれども帰り際、芸術家さんは「ここのあんみつはとても美味しかった、ありがとう」と丁寧に仰って下さったので、嬉しい気持ちで、気持ちよく見送った。
片付ける段となって、ユミちゃんが「ゆかちゃん!!やっぱり、あの人、ほら!!」と夢屋日記を私に突き出すと、そこには表紙全面に、髪の長いまつげの長い女性が描かれていた。
その女性がメーテルだとわかったのは、もっとずっとあとになってからだったのです。