お手紙を書きます。 多分めちゃくちゃな文章だけれど、なるべく素直に書くね。
2011年は不思議な年だった。まずは母が亡くなったこと。母とは2人で生きてきたから、私の思い出を全部持ってかれちゃった。こんなことがあったね〜とか、あんな人いたね〜とか。聞こうと思ってたことももう聞けない。私の半生は凍結されたように思った。それでツイッターを始めた。その2ヶ月後に震災が起こった。
タロットの動きもあった。友人の紹介で中華街の鑑定所でやってみることになった。遠いけど横浜に行けるのは楽しかったよ。海の匂いがするからね。 中華街鑑定からの帰り道、渋谷で途中下車して、ネットで見かけた気になるお店に一人で行ってみた。それがクラブ。それまでクラブなんて知らなかった。正確に言うと行ってるのだけど。80年代に、花園神社横の真っ白いお店(第三倉庫)に数時間居ただけだった。以来。 で、渋谷川沿いのクラブ(頭Bar)では、素敵な女性との出会いがあって、その場でタロットをひくことになって、私は次の扉が開いたんだなーと思った。
私は子どもの頃から相手に勝手に決めつけられることが多かった。母がそれを利用することもあった。それでそのことに慣れていて「どうせ、本当のことを言っても、誰にも伝わらない」って思うようになった。私は不誠実な人間だ。最後の最後に本音をぶちまけてすべてを壊すこともあった。この世界を愛していて、この世界を深く憎んでいる。 でも本当はそんな生き方はいやだ。傷つきやすい自分にも飽き飽きしている。私は扉の向こうへ行きたい。
私は音楽のある環境が大好きになった。夢中でいろんなものを聴きまくって、いいと思うものをネットでお気に入りに入れてきた。だから何だという訳ではないけれど、そのことが何か新しいことに繋がるといいなーと思ってきた。 私の若い頃の仕事は「いいね」を付けまくる仕事だった。面白いね、出来そうだね、画になりそうだよって、そんなんばかりだった。時にはインタビューに行って、すごい!面白い!素敵!を言いまくったし、実際、本当に素敵だった。
だけど今になってやっと気づいた。2011年から始めた「いいね」は結局どこにも繋がらない。何も生まない。そして私は子どもの頃のように、この世界が嫌いになる。だからやめることにした。それでもやってしまうけれど、本当は一切やめたい。
知らない場所に行くこともやめることにした。自分のテリトリーでないところに何かを探すのは欲が深い。そんな簡単なことにも気づかなかった。
私は音楽が好きなので、きっといつかまた音楽と出会うかもしれない。でもわからない。もし生きてるうちに出会えたら嬉しいなと思います。でもわからない。そのことを悲しいとはけして思わないよ。
私は全力で走ったから。ネ。