怪訝そうな顔をした若い男性は狭く細いビルの階段を駆け上がっていった。この忙しい時に…といった雰囲気だった。
少ししてからそのスタッフが下りて来て「どうぞ、二階の窓際の席でお待ち下さい」と言った。うってかわって、とても丁寧で感じの良い対応だった。細い階段を上った先の空間は、汚れた巨大な段ボールで埋め尽くされていてコンクリートがむき出しだった。窓際には小さな木のテーブルと椅子が置かれてありそこで待っていると、しばらくしてから山本耀司さんがゆっくりと現れた。黒のような紺のような服をまとっていて華奢な人だった。「キリストみたい!」と咄嗟に思った。
山本耀司さんとはとても短い時間話をした。私が高校三年であることから「まずは大学で勉強して、自分には何が向いているか、何が好きか、ゆっくり探すとよいです」と話してくれた。山本さん自身は普通の大学を出たあとに文化服装学院に通ったことを静かに語ってくれた。そして「明後日パリに行くのだけれど、念願の初めてのパリコレなのでとても大事な時なのです」と教えてくれた。貴重な時間を割いていただいたのだなと思った。とても穏やかで静かな口調だったけれど「若いのだからもっと視野を広めたらいい」というきっぱりした言葉に「もうこの先、会うことはないかもな」と直感的にわかった。山本さんは「洋服への情熱が冷めないのだったら、頑張って文化に通いなさい」と丁寧にアドバイスしてくださったが、私の気持ちは見事にスルスルとしぼんで、西麻布から横浜のはずれまでどのように帰ったのか全く記憶がない。ハッキリと覚えているのは、その日、遅い時間に帰ったことでカンカンに怒っていた母の姿だった。