2013/8/29
父が長年独りで住んでいた静岡県森町のことと、父と母が再びやりなおそうと決めて三人で上板橋を訪れた日のことを書いていたが、操作違いでさっき一瞬で消してしまった。一方での母との光のない日々を省くことは出来ないので思い出しては綴っていたけれど、もういらないんだよということなのだろう。
あの日、母と並んで上板橋駅前のロータリーで、上板橋の病院の面接に行った父の帰りを待っていた。私が10才の時だ。きっともう少ししたら私たちはこの町の人になるのだと思っていた。
父は世間知らずで甘えん坊でわがままだ。私たちが寒空の下で待ち続けてることが、どんなに大変かなんて想像もできない。だから皮肉なことに、その日を境に父と母は大きくずれてしまった。母は翌朝トイレを鮮血で染めて、なぜかわざわざそれを私に見せた。冷えによる急性の膀胱炎だった。父は翌日森町に帰った。なんだかもうやり直す話など最初からなかったかのような雰囲気で、あのロータリーは映画の中の風景のように思えた。
父は私をとても愛していた。私は心の弱い彼をずっと嫌っていたけれど、本当は嫌ったふりをして母を安心させていたのだなあと気づいた。女性に弱く、自分に甘く、自己中心的で自信がない彼は、ダメおとこの典型だ。プラターズが好きで、黒人のファッションも好きだった。
横浜の電車で黒人の男性と向かい合わせに座った時、「由香、ハローって言ってごらん。彼がこっちむいてニコニコしてるから」と、父は突然言った。私が「ハロー」と声をかけると、その黒人はすごく優しそうに何か言葉を返してくれた。
ホラ、ね。 彼らはとってもチャーミングなんだ。素敵だね。
父は嬉しそうにそっと私に囁いた。
これからの日々は、そんな父を少しずつ集めてゆこうかな。