今から20年前、東京の景色が変わってしまうほどに雪が積もった前の日の午後に、その子は生まれました。西荻窪の住宅地の一角にポツンと建つ、古い産院の一室でした。
この子を産むにあたっては(正確には授かるにあたっては)、覚悟と勇気を山程持って臨まなければならなかったのですが、途方もなく我儘な私を世間から守ってくれた二人によって、無事に産むことが出来たのです。その二人とは、当時の伴侶と6才になる小さな可愛い娘でした。
私たちの間にどのような苦しみと葛藤があって、傷つけたり迷ったりしながら辿り着いた選択だったのかは、私たち以外に知る人はいません。それはあまりにもデリケートな話だったのです。私は誰よりも実母に知れることを怖れ、息を潜めるように暮らしていました。
予定日を一週間ほど過ぎて生まれた赤ん坊は、身体が大きく昔の子供のような逞しい顔をしていましたが、私は言いようのない不安でいっぱいだったのです。そんな気持ちと呼応するかのように、その夜からどんどん雪が降ってきて、見る見るうちに小さな産院はすっぽりと雪で覆われてしまいました。翌日6才の娘は伴侶に連れられ興奮しながらやってきました。小さなベッドの上の見慣れぬ塊をしげしげ眺めた後、「私、この赤ちゃん、気に入った!」と大きな声で宣言したのです。それはまるで天から祝福されたかのような響きで、すべてがパーっと明るく見えた瞬間でした。
その後、赤ん坊は(赤ん坊の父によって)花の名前が付けられ、様々なことが起こるなかでもすくすくと育ちました。彼女はお姉ちゃんのことを一番に尊敬し、必死であとを追いかけながら生きてきて、先日ハタチを迎えました。
これが私の二十年の物語です。
ありがとう上の娘。
おめでとう下の娘。
こんな頼りない私が母でいさせてもらえること、本当に本当に幸せに思っています。