2009/6/16
ひえだ
あなたと私は、よく、海が見える廊下の端っこから外を眺めていた。造船所跡地の鉄錆びた潮風を、私たちは並んで浴びてたっけ。二人とも、時代錯誤なセーラー服に身を包む馬鹿馬鹿しさに嫌気がさしていたよね。
ワ、カ、メ!!
あなたはおかっぱ頭の私に向って、よくこう呼んでたね。「サザエさんちのワカメちゃん」笑いながら言うあなただった。天の鈴のような可愛らしい声。あなたの名前がそういう意味でもあることを何十年も経ってから知った。
ひえだ
あなたは希望を失ったのか、面倒くさくなったのか、計画だったのか衝動だったのか、突然いなくなっちゃって。紫陽花が咲いている長い階段を、傘を差しながら必死で登ったよ。音と色とが一瞬で消えてしまった、6月の朝だった。
あなたの選択について、あれから何十年も思い続けている。だってひえだ、予兆も言葉もなんもなかったから、本当に私たちは途方に暮れてしまったんだ。
「それ、はやってると読むんだよ!」花椿の記事をりゅうこうってると読んだ私に、笑いながら教えてくれたね。
「デビッドボウイみたい。革ジャンが似合いそうだね」と言ったら、首を少しかしげながら「じゃあ、ワカメ、買って?」と、悪戯っぽく笑った。いつでも私より先を歩いていて、もっと先へ行ってしまった。
ひえだ。大好きなひえだ。忘れないと決めてからちょうど30年が経ちました。あなたはいまだに、あの頃の美しいひえだのまんまだよ。
ずっと、ありがとう。
なつかしいひえだへ。