2013/5/8
典ちゃんが関わってる番組は、司会者もゲストも大物揃いだったので、その分、わりと頻繁に不測の事態が起きていた。収録場所は渋谷ビデオスタジオといって、東急ハンズのちょっと先のこじんまりしたところだったが、何か起こるたびにディレクターやプロデューサーは落ち着かなくなり、ADはコマネズミのように走り回り、ざわざわばたばたしてたらしい。そんな時でも典ちゃんは平然と、むしろ嬉しそうなくらいの表情をしていた。
或る夜、いつものように、いつもの喫茶店で会っていると
「、、、由香ちゃん。昨日はねえ、面白いことがあったんだよ」と、もったいつけて典ちゃんは話し始めた。
そういう切り出し方をするときは、相当の面白いことがあった時なのだ。
「立川談志って知ってる?」
「知ってるよ」
なんで典ちゃんがこんなアホな質問をしてくるかというと、そのくらい私はすごく不勉強で浅薄だったからだ。人によっては「そこが由香の良いとこ」と可愛がってくれたり、逆に「ダメだ」と怒られたり、色々だった。
「噺家だよね」
「うん! その談志師匠がさー、すっごい面白い人で、ものすごい仲良しになったんだよ!」
典ちゃんの話をまとめると、収録の開始時間に遅れた談志師匠が、収録に向かってる途中の何処かで、「俺はもう(渋谷ビデオスタジオに)行きたくない!」と駄々をこね出した。困ったスタッフ同士が連絡を取り合って、どうにか機嫌を直してもらおう、そうだ!○○、お前が行け!となって、典ちゃんは急遽、師匠の居る場所へ。一緒にタクシーに乗ったが、あまりにもいつまでも「俺は行きたくねー!!」と言ってるので、典ちゃんは『天下の談志師匠がこれだけ嫌と言ってるんだ。これはただごとではない』と思い
「わかりました、師匠。他ならぬ立川談志が仰ってるんですから、私も腹を括ります。この番組も下りるし、この業界から追い出されても一向に構いません。(収録に)行くのはやめて、これから私と一緒にどこかに遊びに行きましょう」と言ったらしい。
「そしたらねー、師匠、きょとんとしちゃって、お前、気に入った!!俺はやっぱり行くぞ!お前を辞めさせる訳にいかない!ってなってさー、今度一緒に遊ぶ約束したんだ」という、ことの顛末らしかった。