二十歳の時に半年ほど、宮下公園の目の前のメトロビルに入ってる東京都住宅供給公社でバイトをしていた。私が担当したのは賃貸の募集課で、問い合わせの電話をとって、次の抽選日を告げるだけだった。フロア向こうには賑やかな集団が居て、それは分譲の募集課のバイトの面々だった。私は分譲の子達と仲が良く、お茶汲みの時間を利用して、そのフロアによく遊びに行っていた。
或る酒の席できっこが私に尋ねてきた。きっこは分譲の担当で、以前は都立校の教師をしていて、当時生徒が勝手につくったブロマイドが飛ぶように売れるほどの美しい人。そして私の大事な友人でもあった。
ねえ由香、あんた長谷川君に何かした?
いや、なんもしてないけど。
長谷川君が由香のこと「死んでほしい」って毎日言ってるよ。
そんなこと言われる覚えないし、ちゃんと話したこともないよ。
そっか。「あいつがそばに通るだけで吐き気がする、ザワザワする」って騒いでるよ。
え。。。
それでやっと長谷川君のことをちゃんと知ることになった。長谷川君は、きっこと同じ分譲担当ということだけは知っていた。それ以外のことも知ろうとしたけれど、あまりに特徴が無くどう捉えていいかわからなかった。とにかく『俺は変わり者だ。他人とは違う』ってよく周りに言ってることはわかった。それ以上の興味は湧かなかったので、相変わらず口はきかなかった。それに、そんなに私を嫌ってる割には気配すら感じられなかった。数ヶ月後に私はバイトをクビになってしまったけれど、分譲の子達はみな残った。きっこや他の子から、長谷川君のことを聞くことはなくなった。
何もわからず、何も解決しないまま、その後も違う人によって同じような状況に陥ることが度々あった。なんでだろう?としばらく悩んだ後に「あっ、長谷川君かー」で、妙に納得するのだった。
2014/8/25